気ままにハダノ#44『葉タバコ栽培の繁栄に導いた功労者~草山 貞胤(くさやまさだたね)』
(引用元;https://douzou.fortunastella.com/2020/12/13/%E8%8D%89%E5%B1%B1%E8%B2%9E%E8%83%A4/)
「気ままにハダノ」では、秦野に関する情報を気ままにお届け!
今回は、昭和55年に実施された、県史上活躍した「かながわの100人」にも選ばれた偉人、草山 貞胤(くさやまさだたね)をご紹介です!(^O^)
草山 貞胤(くさやまさだたね)とは?
(引用元;https://www.city.hadano.kanagawa.jp/k-contents/dhm/dhm/minami/kusayamasadatane/kusayamasadatane.htm)
草山貞胤は、文政6年(1823)相模国平沢村(現秦野市平沢)の代々神職の一家に生まれました。
若い時から多趣多能で、36歳で神職についた頃に、当時から秦野で盛んに行われていた煙草栽培にも興味を持ち始め研究をスタート。
当時、たばこ耕作者は各々栽培法を秘伝としていたため、品質が均一ではなかった中、貞胤は苗床の改良や正条密植法、木枯らし法<幹干し>による乾燥方法、水車によるたばこ刻み器などを発案し、たばこの品質改善に尽力しました。
動画で見る葉タバコ栽培の歴史
葉タバコの生産は江戸時代から1984年まで続き、その間自然災害や戦争を乗り越えながら草山貞胤のみならず多くの人の尽力によって、その長い歴史を歩んできました。
その歴史の一部始終を知ることができる動画を見つけましたので、ぜひ気になる方は視聴してみてくださいね^_^
最後に...
いかがでしたでしょうか?
彼の存在がなければ、今の秦野の繁栄もなかったと思うと感慨深いですね~(´ー`)
また、草山貞胤は葉たばこの研究の他に”報徳家”、そして”神主職”に従事し、報徳二宮神社の初代社掌となりました。
今の秦野を作り出した功労者として末永く語り継いでいきたいですね(^^♪
Written by takumi