気ままにハダノ#39『害虫を追い出し豊作を願う祭~下大槻百八炬火(しもおおづきひゃくはったい)~』
(画像引用元http://mighty354.blog56.fc2.com/blog-entry-556.html)
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今回は、2025年8月14日(木)に行われます、『下大槻百八炬火(しもおおづきひゃくはったい)』をご紹介!!
ぜひこのブログを読んで気になった方は、行ってみてくださいね(^O^)/
下大槻百八炬火とは?
稲の害虫を追い出し、豊作を願う行事『下大槻百八炬火』
「下大槻」は秦野市の南区に位置する地域であり、「百八炬火(ひゃくはったい)」というのは、主に東日本で行われるお盆の行事の一つで、万灯火(まとび)とも呼ばれます。
主に新盆の家や地域共同で、故人の霊を供養し、無病息災や五穀豊穣を祈願する行事ですが、地域によっては目的が異なっており、下大槻では虫害を防ぎ豊作を願う虫送り行事として毎年行われています。
(画像引用元http://mighty354.blog56.fc2.com/blog-entry-556.html)
当日は、太鼓ばやしの合図であぜ道に並べられた百八のわら束に、次々と火がつけられ、その後をちょうちんを先頭に元気のよい掛け声とともに、みこしをかついだ子ども達、太鼓ばやし、大人のみこしと続きます。
行列が斉藤実盛(平安時代の武士)のわら人形のある所まで来ると、人形に火をつけます。
大人のみこしは、そのわら人形を素足で踏んでいきます。
祭りの様子を撮った動画を見つけましたので、ぜひご覧ください♪
なぜ斉藤実盛のわら人形?
(画像引用元https://tsutotsuto.seesaa.net/article/202009article_3.html)
斉藤実盛(さいとう さねもり)とは、平安時代末期の武将であり、
最初は源家に仕えていましたが、義朝が滅亡した後は、関東に無事に落ち延び、平家に仕えました。
そんな彼がなぜわら人形となり燃やされることになったのか、その理由は彼の死と関係があるといわれています。
寿永2年(1183年)実盛は、平維盛らと木曾義仲追討のため北陸に出陣するが、加賀国の篠原の戦いで敗北。
味方が総崩れとなる中、覚悟を決めた実盛は老齢の身を押して一歩も引かず奮戦し、ついに義仲の部将・手塚光盛によって討ち取られました。
その実盛が討たれる際、乗っていた馬が稲の切り株につまずいたところを討ち取られたために、実盛が稲を食い荒らす害虫(稲虫)になったとの言い伝えがあります。
そのため稲虫(特にウンカ)は「実盛虫」とも呼ばれ、この霊を鎮めるため実盛を模したわら人形を燃やす神事が生まれたとされています。
(画像引用元https://www.townnews.co.jp/0610/2015/08/08/295040.html)
イベント情報
開催日時/毎年8月14日夕方ごろから午後8時ごろまで
場所/下大槻畦道
最後に...
いかがでしたでしょうか?
実在した人物を模して造られたわら人形を燃やすと聞くと、なんだか惨い気がしますね(^^;
私の推測ですが、源家から平家に移ったことによる因縁みたいなものもあったのでしょうか…
真意は分かりませんが、自分がその立場だったら複雑な気持ちですね💦笑
それはさておき、前回ご紹介させていただいた『瓜生野百八松明』と同日に行われるこちらのお祭り!
ぜひ夏の風物詩として、訪れてみてはいかがでしょうか??
Written by takumi